南山剳記

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職場の男性~ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて(金井 篤子)

職場の男性~ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて

金井篤子「職場の男性~ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて」(柏木惠子・高橋惠子編『日本の男性の心理学――もう1つのジェンダー問題』所収)、有斐閣、2008年

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【服部 洋介・撰】

 

解題

『日本の男性の心理学――もう1つのジェンダー問題』所収の一篇。著者の金井篤子博士は名古屋大学大学院教育学研究科教授、専攻は教育心理学。労働者のメンタルヘルス、ワーカホリズム(仕事中毒症)、職務ストレス、キャリア開発、ワーク・ファミリー・コンフリクト(仕事家庭葛藤)、企業内シニアのストレスなどの研究を行われているとの由である。

ここでは単刀直入に、どれだけの人が仕事に苦痛を感じているか、それを示す統計と、関連グラフだけを取り上げる。金井氏の調べによると、早い話、男性の正規雇用労働者の約半数が仕事についての楽しみが低いとされ、自発的に仕事に取り組み、かつ仕事を楽しむ〈仕事享楽者〉と呼ばれる群は、全体の約32%に留まるという。中にはいい性格の者もいて、仕事はわりあい適当だが、仕事自体は楽しみ、自分の職務についてもそれなりに大切に思っているという人たち(〈仕事を楽しむ労働者〉)が約20%、ストレスも少なく、健康上の不満も低い。うらやましいかぎりである。

問題は〈ワーカホリック〉と〈やる気のない労働者〉ということになるが、後者は意外と〈仕事を楽しむ労働者〉と似通っていて、唯一の違いは〈職務関与〉(職務を大切に思って取り組む程度)の度合いで、当然のことながら〈仕事を楽しむ労働者〉の方が高い水準を示している。もっとも、仕事を完璧にこなす動機などは両者とも同程度、仕事を抱え込まないところもよく似ていて、この人たちは基本的にストレスフリーなのである。ということで、一番心配なのは、〈ワーカホリック〉と呼ばれる人たちということになる。詳しくは剳記をご覧いただきたい。

それにしても、「仕事は生きがい」とは言われるけれど、これではなんとも空しい話である。昔は、「会社のため」といえば何でも通ったが、働くだけ苦痛が増すのでは、現実離れしたスローガンというほかない。企業は単なる道具であって、仕事は単なる手段にすぎないということが自覚されてくるにつけ、仕事の量を調整しようという発想が生まれてくるのは自然の成り行きであろう。そこから逆算していくと、仕事の量というものは自ずから決まってくるであろうし、同様に賃金というものも、ある妥当な金額に定まるであろう。その範囲で提供されるサービスの総量は、現在のそれを下回るであろうから、不要な仕事は行なわれなくなるであろう。バートランド・ラッセルは戦時下の体験から、1日4時間労働でも社会は回るという見解に達したのであるけれど、必要な労働量はそれで満たされても、経済にはいささか厄介な問題があって、すなわちそれは「借金をどう返すか」という問題である。借金を返すための労働は必需にもとづくものではないため、われわれは知恵を絞って、マネーを稼ぎ出すための労働を余分に案出しなくてはならない。このようにして、増えすぎた金融負債とともに高度消費社会が招来されることになったけれど、負債をテコにして実物経済の数倍の規模に膨張を続ける金融資産が行き場を失ってしまったら富裕層は破滅であるから、何としても、地球を何個も買えてしまうだけの量に増加してしまったマネーの総量分だけ、貧しい人間に労働を強いなくては収まりがつかないのである。結果、無駄としか思えない似たような仕事がいくつも並び立って競争へと駆り立てられるのであるけれど、これが無駄とはいわれないのは、人にとって是が非でも必要であるからというよりは、結局は国の借金を返すために貢献しているから、というほかないように思われる。

話が脇道にそれてしまったけれど、ともあれ、産業領域における心理臨床は、今後ますます重要性を増す分野であろうから、新たな知見が示されることを望むばかりである。

 

所蔵館

市立長野図書館(143ニ)

 

関連項目

長谷川寿一「殺人動向から考える男性心理~進化心理学の視点」

柏木惠子「ジェンダー視点に立つ男性の心理学の課題~なぜ「男性の心理学」なのか」

高橋惠子・湯川隆子「ジェンダー意識の発達視点~男らしさもつくられる」

 

日本の男性の心理学―もう1つのジェンダー問題

日本の男性の心理学―もう1つのジェンダー問題

 

 
p.217 社会の半数は仕事が楽しくない

仕事の楽しみが低い群は49.1%もいる。ワーカホリズムに関する近年の研究では、正規雇用の男性回答者のうち、自発的に仕事に取り組む衝動が強く、かつ仕事を楽しむ仕事享楽者の割合は31.8%にとどまり、仕事は楽しむが内的衝動は低い群(19.0%)、ワーカホリック(21.2%)、やる気なし(27.9%)という結果に終わった。ワーカホリックは、仕事は楽しくないが、やらなければと取り組む群をいう。

 

p.218 ワーカホリック・タイプのグラフ

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ワーカホリック・タイプ別特徴(男性)